平成30年9月6日(木)のこと。

前日は台風21号の通過に伴う強風でなかなか寝付けず、台風が運んできた温かい空気のおかげで気温が上がり、昼の仕事でばてていた。

早々に床に着き、ぐっすり眠っていたのだが。

目が覚めた瞬間に揺れ始めた。

地震!?アラームは何故鳴らない?・・・・近いのか!石狩湾か?

ここまで考えたところでスマホのアラームが鳴動開始。更に揺れる。そして収まる。

「突き上げるような揺れが」とか「15秒ほど続き」とか、ニュースでよく聞くが、そこまで詳しいことは全く覚えていない。

ただ、遠方で発生した大地震に付き物の、大きく波打つような揺れは感じられなかった。やはり近い。

ひなぎくが寝ている隣室へ駆け込むと、キンカチョウのケージの上に手を載せ、「大丈夫、大丈夫だよ」と声をかけている。

幸い、家の中に大きな被害はないようだ。

居間、洗面所などの電気を付ける。PCを立ち上げて地震についての情報を見る。我が家にはテレビがないので、情報収集はネットかラジオに限られる。

震度6を超える揺れが胆振方面で観測されている。ひなぎくの実家のある地方だ。浦河沖か?津波の危険はなし。内陸地震だな。

ひなぎくの指示に従い、外出できるような服装に着替える。必要なものを集める。

すぐにキンカチョウのケージを守る行動をとったり、身支度を整える指示を出したり、こういう時には本当に冷静だし、肝が据わっていると思う。結構、現場指揮官向きかも知れない。

PCでニュースを見る。画面には札幌放送局の増子アナ。

「仮眠をとっていたのですが・・・・」くらいまで話したところですーっと画面が消える。電気も消える。停電発生。

一応、ブレーカーを確認するものの、それが原因ではない。街灯もついていないし、周囲一帯が停電したようだ。建物共用部の非常灯が点灯している。

ベランダに出てみると、東の空にオリオン座が出ている。ふたご座あたりに新月まであと数日くらいの月がでている。

ひなぎくとくまさんとで星を見る。おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオンなど、ギリシア神話で出てきた星座を確認しながらしばしみとれる。

車の中に置いてあるヘッドライトを取りに部屋を出ると、非常扉が作動している。こんなところにもあったのか、と思うところまで閉じられている。

多少の余震を感じるものの、それ以上の危険は感じられず、とりあえずは横になる。

夏場ならもう明るくなってきている時間帯だが、4時くらいではまだ暗い。

朝6時、目を覚ましてスマホを見ると、1分前に昨日一緒だった床の職人から着信があった。かけ直してみると、割れたガラスを踏んでしまい足を怪我した。明るくなったら病院に行くので、今日予定した仕事には行けないので伝えておいてほしい、とのこと。

各種電化製品を見てみると、まだ停電したままだ。

正直、今日は仕事したくないな、と思った。それでも何かあれば出ていかなければならないかも知れない。

親方と連絡を取る。カーラジオによると北海道全域で停電しているとのことなので、その情報を伝える。とりあえず様子見。

水はまだ出る。集合住宅なので、いずれ断水するかもしれない。その前に歯をみがき、トイレを済ませ、バケツ2杯、大きめの鍋に水を貯めておく。ペットボトルの飲料水は7本14リットル。ふたりで二日ちょっとは凌げる量だ。それ以外の生活用水は、ポリタンクや空きペットボトルにある程度の量は貯めてある。

スマホのバッテリーは残量50パーセント前後。モバイルバッテリーの充電用ケーブルを買っておかなかったことが悔やまれる。

ガソリンは、前々日に台風に備えて満タンにしておいたため、心配はないだろう。大して被害が出るわけでもないであろう台風に備えて、何故、ガソリンを満タンにしておこうと思ったのだろう。

8時半、本日の予定延期が決定。信号も動いていない中、現場まで無事にたどり着けるか分からないし、建物のエレベータは動いていないだろう。カーラジオでは「不要不急の外出は控えて」とのアナウンスも流れていた。この場合、内装の仕事は「不要不急」に該当するよなぁ。

ひなぎくは職場へ。歩いて行ける距離ではないため、車で送り迎えする。

周囲の交通に注意しながら、いつもの出勤ルートに車を走らせる。信号は灯いていないし、幹線道路でもないため、交通整理の警察官も出ていない。ただ、36号線は信号が作動していた。

それでも、車はスムーズに流れている。譲るべきは譲り、歩行者にも気を配りつつ、周囲の様子を見ながら、それぞれが交通の流れを作っている。交通量が少ないから成立しているのかも知れないが、ちょっと感動的でもある。

いつもの道を走らせていて思う。信号は灯いていない。コンビニの中、外、買い物をする人であふれかえっている。日常の光景ではない。今は非常事態なのだ。自分は被災地にいる。やはりこんな日に仕事をするべきではない、と思う。それにかこつけて仕事を休みたい、というずるい心がないと言えばうそになるし、ひなぎくの傍についていたい、というのも、ひなぎくをダシにしているような気がしないではない。

それでも、今日は仕事に行くべきではない、と思った。

ひなぎくが仕事をしている間、近くのコンビニで飲料水を買い求める。が既に水、お茶の類は売り切れ。おにぎり、菓子パン、充電用ケーブルも品切れ。無理もない。ビールやスナック菓子はまだまだ残っている。トラックドライバーがビールを買っている。レジの従業員との話しでは「いつになるか分からないから飲んで寝てる」とのこと。

近くの公園には、水汲みに訪れる人がちらほら。これが真冬だったら暖房もさることながら、水の調達にも困るところだっただろう。

帰り道、どこか食料や飲料水を調達できるところはないだろうか、と探しながら車を走らせていると、比較的新しいローソンが開いている雰囲気。駐車場に入ると店員が両腕で丸を作る。

それなりの品ぞろえがある。昼食にそのまま食べられるそばとペットボトルの水、麦茶、ケーブル、乾電池を調達。5人までの入場制限をかけて客をさばいている。従業員は全員女性だったが、見事な対応だと思った。

帰宅するとまだ断水はしていない。風呂に少し水を貯めておく。朝は前日の残りもの(ジンギスカン)と梨、ヨーグルトなどの軽いものだったので、結構お腹が空いていた。いつもだと食べるのがゆっくりなひなぎくも、自分と同じくらいのペースで蕎麦を食べ終えていた。

ちょっと落ち着いたので横になる。そのままうつらうつら。

目が覚めて、午後から予定していた仕事の元請けに電話をして様子を探る。現場周辺の有料駐車場が停電で動いていないし、今日はできない、とのこと。休もう、今日は。

ひなぎくの提案で、非常持ち出し袋の中身を整理してみる。食料はひなぎくの担当、それ以外の生活インフラ全般は自分の担当、と大雑把に役割分担。

きんかが、突然騒ぎ出す。背伸びをし、時々、ケージに足をかけて上を見上げる。何かいやな虫でもいるのかと思いきや、「卵が産まれる!」

あわててカメラを取りにいくも、数秒のうちに、きんかは初めての卵を産み落とした。薄い青の、ちいさな、しかしきんかの体にしては大きな卵。

一番上の止まり木から産み落としたため、残念ながら割れてしまった。割れずとも、孵化することのない卵ではあるが。

卵を産み落としたきんかは、止まり木の上で必死に体を支える。力が入らないのだろうか。

午前中に、「きんかのお尻のピンク色の部分が見える」とひなぎくが話していた。なんとなく、両足の間が膨らんで見えていた。「卵があるのでは?」と思っていたが、まさか今日、産まれるとは。

明るくなってから中を見たとき、きんかはケージの床の上で泣き出しそうな顔で蹲っていた。普段、まず床に降りることはないので、きっと随分怖い思いをしていたのだと思う。地震の恐怖が産卵を促したのだろうか。

たとえ雛が孵っても、うちでは育てられない。あまり卵を産むと、きんかの寿命が短くなる。できるだけ、長く一緒にいたいから、なるべく産卵はさせないようにしたいが、自然の摂理を押さえこんででも長生きさせることは、正しいことなのか、疑問を感じずにはいられない。だが、どのような道を選ぼうとも、それはこちら側の都合でしかない。

夕方、ボンベが2本あったので、カセットコンロでお湯を沸かし、それをポリタンクで適温にして交代でシャワーを浴びる。いつ、大きな余震が来ても大丈夫なように、火力調節つまみにはずっと手をかけておいた。大きく揺れたらすぐに消火するためだ。

体を洗うのは主に水、最後にお湯をかぶって仕上げ、という感じの入浴だった。これだけでも随分さっぱりした。風呂場の照明はろうそく。風呂場で使用する分には火災の危険も少ないだろう。

夕方になり、近くを散歩がてら、開いている店がないか探しに行く。勿論、どこも開いていない。17時閉店、という店もあった。10分前だったが、既に店の中には多数のお客さんがいた。

ショッピングセンターの駐車場には車もまばら。40年くらい前の盆暮れ正月を思いだす。買い物にでている人も多いのだろうが、なんとなく散歩しているだけの人もいるように思う。テレビもネットも繋がらないからやることがないのかも知れない。心なしか、カラスも手持無沙汰に見える。

平和なように見えるが、非常事態のはずだ。家の近くでもわいせつ事件が頻発しているし、このまま停電が続くようなら日没後は鍵を閉めて家の中にいる方が良いだろう。こんな状態でも明日の仕事の事を考えたりしているが、これが「正常化バイアス」というものなのだろうか。ぱっと見た感じでは被災地という言葉から連想されるような倒壊した家屋やがけ崩れや火災は見当たらないし、仕方がないのかも知れない。

平和ボケなのかも知れないが、災害が発生する前の日常生活を維持していこうとする意識が、結果として素早い復旧に繋がるのかも知れない、とも思う。

今日も停電したままなのか、暗くなったらさっさと寝てしまおう、そう考えていた矢先、固定電話の液晶画面が明るくなった。ついで、様々な家電のインジケータが点滅を始める。駐車場に灯りがともる。

後で分かったが、この辺りはかなり復旧が早かった。

大規模停電の原因は、苫東厚真火力発電所の緊急停止により需給バランスが崩れ、他の火力発電所に負担が掛かったために緊急停止したことによる。

北海道最大で4割近くの電力を賄う発電所とは言え、それがストップするだけで全道が停電するとは。あまりにもぜい弱すぎないか?それだけシビアなバランスの上に、現代の社会は成り立っているということか。

その翌日、相変わらず、停電したままの信号もあり、閉鎖したままのコンビニも多数あり。それでも街は動き始める。主要幹線道の交差点では、発電機で信号を作動させていた。

昼食のおかずはコンビニで買おう、と、普段のつもりで家をでて、その考えが不適当なものであったことに気付く。美味しいお米だったので梅干しだけでも十分だったが。

「え?ぎんなんさん、もう普通に動いているの?」と、電話したこの日の元請けに驚かれる。普通でもないし、休みたいのはやまやまだが、先送りしたら来月食えなくなるし、来週死ぬ目に遭うし。


-きんかが卵を産んだお話-

キンカチョウ(錦花鳥) 卵を産む【2018.09】

 

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